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スタージャッジII 〜陽子〜
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「あんたらは花火のことなんぞ、なんもわかっとらん! アメリカ人に見せる花火はウチには無いわ!」 あーあ。とうとうおじいちゃんが怒鳴りだしちゃった。朝食の後、パパが花火を使わせてくださいってお願いしたら話がどんどんすごくなっちゃって。パパの根性はほんとすごいと思うけど、おじいちゃんの頑固さが一枚上手なのよね……。あたしはおばあちゃんに引っ張られてキッチンに避難中です。 「太堂さんは、日本の芸術品をもっともっと広めたいと思わんのですか?」 「別にそれに反対しとりゃせん。そーゆーことなら他所へ行け、他所へ!」 「私は太堂さんの花火に惚れ込んどるんです。あのグラデーション。鮮やかさ。それらが寸分の狂いも無く開花する。丁寧に作られた本物だからこその見事さだ。どうか使わせて下さい」 「はん。そんなもの分かる客がどれだけくる。径と音のでかさだけありゃ十分だ。あんたに使わせる花火なんか無い!」 「No! わたしはどうしてもあなたの花火が使いたい。それを月子だって願ってるはずだ!」 怖いほどの沈黙のあと、バン!って音がして、床が抜けちゃいそうなほどの乱暴な足音がどんどんどんと玄関の方に移動中。そして、がらがらがきいっっ!て乱暴な引き戸の音がしました。シーンとした家の中にその余韻がまだ残ってます。 キヨコおばあちゃんがふーっと溜息をつき、あたしに言いました。 「陽ちゃん。ちょっと廊下と玄関が壊れてないか、見てきてくれんか? 戸も閉めてな」 「はい」 おじいちゃんも相当の力持ちですが、さすがに床に穴を作ったりはしてませんでした。でも玄関の引き戸は……レールがズレちゃって閉まらない〜。もー、おじいちゃんたら……。これはちょっとパパに直してもらわないとだめでしょう。 もちろんあたしはおじいちゃんをキライじゃありません。小さい時から遊びにくる度に可愛がってもらいました。あたしの前では一生懸命パパとケンカしないようにしてるのも知ってます。パパがあたしを愛しているのと同じように、おじいちゃんも月子ママを好きだったのもよくわかります。でも二人とも月子ママを好きだったんだからもうちょっとなんとかならないものでしょうか。そこんとこが問題だとあたしは思うのです。 そーっと居間に戻ると、キヨコおばあちゃんがパパにお茶を出して慰めてました。 「どうも申し訳ない、清子さん。月子の名を出すつもりじゃなかったんですが」 「いいじゃないですか。貴方の言ってることは正しい。もし月子が空に居るならじいさんの花火を貴方が使うことを望んでるに決まっとる。じいさんもそれが判っとるから飛び出していった。まあ負けを認めたようなもんですの」 おばあちゃんはまたふぁっふぁっと笑って、パパの肩をぼんぼんと叩きました。 「なあ、モロさん、月子は確かにあの世に逝ってしまいました。それが誰かのせいというなら、あの子に関わった全ての人間を責めなきゃならなくなる。中でも一番悪いのはわたしかの?」 パパがびっくりしておばあちゃんの方を見ました。 「なぜですか?」 「あの子は生まれつき身体が弱かった。そう産んだのはわたしだから」 「清子さん、それは違う。そんなことを言い出したら、ずっと先祖をさかのぼって悪者捜しをしなければいけなくなります」 おばあちゃんはにっこり笑いました。 「ありがとう、モロさんや。わたしもそう思い至って悪いと思うのは止めた。だから貴方もわたしらに気兼ねするのはやめなされ。じいさんだって本当は判っとる。判っていても『月子がアメリカに行かなければ死なずにすんだかもしれない』という妄想に囚われとるんじゃな。だからつい貴方が悪いような言い方をしてしまって。許して下され」 なんかね、おばあちゃんの言葉はいつもじーんと来ます。こんな大人しく頷いてるパパなんてあり得ないです。パパのママの場合はどっちかっていうとパパの方が大人みたいで……。あ、メリンダおばあちゃんのことだってあたしは大好きですが。 キヨコおばあちゃんは、静かーにしゃべってるだけなのに強い! パパもおじいちゃんも絶対勝てないの。月子ママがパパと結婚できたのだって、たぶんおばあちゃんが味方だったからだと思ってます。 でもそろそろ切り上げましょう。おばあちゃんもお仕事あるし、あたしも行きたいトコがあります。 「ねえ、おばあちゃん。おじいちゃんが開けた玄関の戸、閉まらないの」 「あれ、まあ。だいぶ建て付けが悪くなってきとるから。もう、しょうがないのう」 「どれ、ワシが見ましょう」 「じゃ、パパ、ドアが直ったらお買い物付き合って」 「どこに行きたいんだ?」 「シュガー・ドリーム!」 ===***=== シュガー・ドリームはおじいちゃんの家からバスで行った商店街にあるお菓子屋さんです。いろんな砂糖菓子を売っているのですがチョコレートも美味しいの。いくらママの国とはいえ、あたしはパパみたいに長いこと日本で暮らしてたわけじゃないから、普通の町を歩く時はパパと一緒の方が心強いです。 で、あたしのためにパパが買ってくれたチョコやお菓子とは別にあたしがお小遣いで買ったチョコ。ちゃんと青いリボンをかけてもらいました。パパは機嫌悪いです。 「誰のためのチョコレートだ。あの宇宙人だな」 「そうよ」 「なんでアイツにそんなものやる必要があるんだ!」 「お返しなの。弁償っていうのかな」 「弁償?」 「最初の日にマゼランが大事にしてたチョコを食べちゃったの。ほらホテルのお部屋に置いてあるお菓子と同じと思って……」 「宇宙人のチョコを食べただと?」 「変な言い方しないで。マゼランのお食事、あたし達と同じじゃないの。貰ったって言ってたから日本のどっかで売ってるとは思うんだけどお店が判らなくて……。あたしが食べたときは銀紙だけになってて、もしかすると口コミだけのすごく珍しいチョコなのかもしれないけど、わからないからこれでお返しするの」 パパは黙って前見て歩いてます。うわ。やな感じの沈黙だな〜。パパは口数が少ないときの方がやっかいなの。でもマゼランの事に関して言えば怒られるようなコトはしてませんよ。確かに最初にお部屋を間違えたのとチョコを食べちゃったのは悪かったので、だからこうしてお詫びを……。 パパがぼそっと言いました。 「陽子。お前、あの男だけは好きになるなよ」 「え? だってもう好きになっちゃったわよ、あたし」 パパが立ち止まってあたしの顔を見ると、ふうっと溜め息をつきました。 「相手は人間じゃない。宇宙人なんだぞ」 「そうねえ。歳も2400歳だって言ってたし……。ねえ、パパ。どうしたらいいと思う?」 「簡単だ。この旅が終わったらあのアパートメントは引っ越しだ。あいつにはもう会うな」 「もー、なんでそーなるの? 『好きになっちゃった』って言ったでしょ。過去形よ、過去形。あたしの聞きたいのはマゼランになんて言ったらわかってもらえるかなってことなの。パパはママになんて言ったの? パパ達も違う国の人だし、状況としては似てるよね」 「全然似とらん!」 パパが大きな声をあげてからあわてて口を押さえ、小声で言いました。 「あとは帰ってからだ。外で話すような事じゃない。じゃあママにあげる写真でも撮りに行くか」 日本に来るたびにあたしたちは写真をいっぱい撮ります。ママが子供の時から住んでいたこの町では特にたくさん。パパはママのかわりに「日本の様子を見て」いるのです。いつもだったらあたしも写真を撮ったりするのですが、今日は…… 「あたし、いい。帰る」 「どうしたんだ。それじゃお前が撮れないじゃないか」 「お仕事で来る時はいつも一人でしょ」 「なんだ、どうしたんだ?」 「どうもしないよーだ。帰って日本語の勉強したいだけ」 うそです。どうも大ありです。パパは今までも男の人と話したりしてるとうるさかったのですが、好きな人は別だと思ってた。だって好きな人と話しちゃだめって根本的にヘンでしょ? 動物が何の為におしゃべりできるようになってるか、ちゃんと考えて欲しいです。 「一人で帰れるのか? やっぱりワシも一緒に……」 「大丈夫。パパこそちゃんと写真撮ってきて。じゃあね」 あたしは手を振って急ぎ足でバス停に向かいました。ごめんね、パパ。それにママも。でも今パパと一緒にいたくない……。 ===***=== 家に帰ったらお昼近くで、おばあちゃんとひやむぎを作って食べました。おばあちゃんがマゼランのことをいろいろ聞いてくるので嬉しくて、ついたくさんお話しちゃいました。もちろん内緒のことは内緒ですよ。おばあちゃんはマゼランのことをパパがお願いしたボディガードって信じているので助かります。 マゼランは地球人としての仕事は持ってないので、宇宙から誰かこない限りは暇なんだと言ってました。むちゃくちゃ強いし、英語も日本語もぺらぺらだし、なんでもできそうなんですが、地球人同士のことには絶対干渉しちゃいけないのです。それはわかる気がします。 ……でもなんであたしのお買い物につきあってくれたり、冷蔵庫のセッティングを手伝ってくれるのはいいのかなぁ。あたし一人だと地球人「同士」じゃないから? そんなバカな。 あたしはマゼランが好きです。誰かのことがこんなに気になるのは初めてだし、これはきっと「大好きっ」てことです。で、自分のことはわかるからいいとして、問題はマゼランがあたしをどう思ってるかなんですが……。 おばあちゃんは例によってふぉっふぉっと笑ってます。 「少なくともガードマンさんは陽ちゃんのこと、きらいじゃないと思うよ」 「ほんとにそう思う?」 「表面だけの親切は傍から見とったらすぐわかるよ。あのガードマンさんはいつも陽ちゃんを見てるのさ。仕事だからじゃなくて本心から陽ちゃんのことを気にしとるんじゃないかな」 「だったら嬉しいけど……」 「陽ちゃんらしくもない。好きなら好きってはっきり言えばよい」 「うん……。そうね。勇気出して言ってみるね」 玄関の戸のあく音がしました。マゼランかと思って走っていったらおじいちゃんでした。あたしを見てちょっぴり恥ずかしそうな顔してます。あたしは笑っておじいちゃんの手をひっぱりました 「おじいちゃん、おかえりなさい。ひやむぎ食べる?」 「ああ。その、お父さんは……」 「パパはママにあげる写真を撮ってるからまーだ。さあ早く手洗って!」 あたしはおじいちゃんにあげようと思ってたものを部屋に取りに行きました。パパがいない今が好都合です。ダイニングに戻ったら、おばあちゃんがゆでたばかりのひやむぎを用意してました。 「ほら、陽子」 おじいちゃんがあたしに小さな紙袋を二つくれました。中を見るとチョコボールのような丸い粒が10個ぐらいずつ。あと導火線。 「わーい! 星だー!」 「こっちのは三重でこっちのはきらきら星だ」 星というのは花火に詰める火薬の粒です。いろんな薬が入っていて火をつけるといろんな色の炎を出して燃えます。三重は三色グラデーション。きらきら星はそれこそきらきらする金属がはいっているのです。 さまざまな種類の星がきれいに広がるようにするためには、ぎゅうぎゅうに詰め込まないといけません。だから形の悪い星はジャマになるので花火に入れてもらえないの。でも直接燃やすととってもきれいなんですよ。あたしは星が燃えるのを見るのが大好きなので、おじいちゃんは時々こうしてペケになった星をくれるのです。あ! でもこれ企業秘密ですから内緒ですよ。いつもパパとこっそり燃やしてそれで終わりです。 おじいちゃんは朝家を飛び出したあと、工房の様子を見にいってたようです。他の人も来てたそうです。昨日の夢菊は2番だったそうですが、作者はまだ若い人だそうで先が楽しみと喜んでました。うーん、さすがにおじいちゃんとおばあちゃんの会話を全部聞き取るのはむずかしいです。 「おじいちゃん、これ、受け取って?」 おじいちゃんが食べ終わった頃を見計らって、あたしは小さなアルバムを出しました。 「なんだ?」 「写真なの。開けてみて」 「わかった。はいすくるとかの卒業写真だろう。どれどれ」 最初のページを開けて、おじいちゃんは固まりました。そこにあったのはパパとママの結婚式の写真だったからです。おじいちゃんがあたしの顔を見たので、あたしも黙っておじいちゃんを見つめ返します。おじいちゃんは諦めてアルバムのページをめくり始めました。 家にたくさんあるママの写真のなかで、あたしが大好きな写真を選んできたものです。パパが撮ったのやパーティや旅行先などで二人で写ってる写真も。あたしの知らないパパとママですが、どの笑顔もとてもすてきです。 「ね、おじいちゃん。ママ、幸せそうでしょ?」 おじいちゃんは無言です。 「あのね、おじいちゃん。パパのこともう怒らないでほしいの。ママはパパのことがすっごく好きだったと思うの」 「…………」 「アメリカに来た事、絶対後悔してなかったと思うの。パパと一緒にいられて幸せだったって」 「……わかっとる……」 おじいちゃんはエプロン姿のママの笑顔をそっと撫でると、アルバムをぱたんと閉じて手に持ちました。 「ちょっと寝るぞ」 「はいはい」 どかどかと出て行ったおじいちゃんを見送ったおばあちゃんがあたしを振り返ってVサインを出したので笑ってしまいました。 そう。ママはパパが大好きで、パパもママが大好きで、だからママはパパについて他所の国に行きました。もしマゼランがあたしを好きになってくれるなら、あたしだってついて行きたい。 ===***=== 夜になってもマゼランは帰ってきませんでした。おじいちゃんとおばあちゃんにはお仕事が長引いてると言っておきましたが、ちょっと心配になってきました。なので夕食のあと、こっそりと堤防のところまで出て見ました。 何度目になるか、髪からバレッタを取ってみましたが、使う勇気が出ません。マゼランはこれで話せると言いましたがどんな感じになるのかピンとこない。普通の人じゃないからかえって邪魔して大変なことになったらと思っちゃって。 空にはうっすらと雲がかかっていてお月様もうすぼんやりしてます。まあもうすぐ真ん丸になりそうだからけっこう明るいですが。あと堤防沿いは街灯がたくさんあるのよね。海の方を見ると回り込んでる陸地の明かりや遠くの船がきらきらしてとってもきれい。浜にはカップルのシルエットがいくつかあって、ちょっぴりうらやましくなりました。 浜には太い柱と大きな屋根の日よけがぽつぽつとあります。片隅だけ壁、というか仕切部屋みたいになってて、着替えたりもできます。炎天下の浜では日陰は絶対必要だから。 ぼうっと見てたらちょうどあたしの右手前方の屋根の柱の向こうで何か動いた気がしました。あっと思う間もなくあたしは堤防によじ登ってました。ぽんと飛び降りてそちらに向かって走ります。砂が重くてまだるっこしい。柱に寄りかかって座り込んでいた人の前に立った時は、息がはあはあ言ってました。 「陽子? ああ、ごめん。ぼうっとしてた。どうしたの?」 マゼランはちょっとだらしなく足を投げ出したまま、あたしを見上げてそう言いました。淡い光の中にいつもどおりの優しい顔があります。でも、声も……とにかくマゼラン全部が、すごく疲れた感じでした。 「どうしたのはこっちのセリフでしょう!?」 怒ってるみたいな声になっちゃって自分でも驚きです。あたしはひざをついてマゼランの顔を覗き込みました。 「何かあったの? 帰り遅いから心配してたのよ」 マゼランはただ黙ってあたしの顔を見ています。 「大丈夫? ホントにどうし……きゃっ……」 いきなり手を引っ張られて、あたしはマゼランの胸の中に転んだみたいになりました。びっくりして顔を上げたら、すぐ傍にマゼランの顔がありました。大きな手があたしの髪にふれ、マゼランがちょっと首をかしげて、あたしは自然に目を閉じました。滑らかな唇があたしの唇に触れます。触れ合った箇所から温かさが広がってくるような不思議な感じ。みんなこうなのかな? マゼランとキスすると、ほーっとなっちゃう…… しばしの時間の後、マゼランの唇がそっと離れたと思ったら、あたしはぎゅっと抱き締められてました。マゼランの胸に押し付けられた耳に、頭の上からの声と、胸の中で響いてる声が二重に聞こえました。 「いきなり、ごめん……」 「なぜ、あやまるの?」 「だって……」 あたしはまた顔を上げて、マゼランを真っすぐに見つめました。今言わなきゃって思いました。 「あたし、マゼランのこと大好きよ」 マゼランが柱から身を起こしました。目が真ん丸になってました。 「好き……? 僕を?」 「うん。あたしはマゼランのことが大好き。だからキスしたぐらいであやまっちゃやだ」 「……陽子。……僕は……」 マゼランがぴくりとして胸に手をやります。もー、マゼランに仕事を言い付ける悪いモバイルだわ。だだをこねても仕方ないのであたしはマゼランの上からのきました。立ち上がって建物の陰に行ったマゼランの声は、低く沈んでいました。バレッタが拾った言葉には「失敗」といった単語もあって、あたしはいったい何があったのか必死で理解しようとしてました。 〈最初から拉致された生命体を見殺しにする気だったんですか!?〉 いきなり大きくなった声にあたしは窒息しそうになりました。マゼランはすぐにまた声を落としてしまい、何を言ってるのか分からなくなったのですが、声の調子は苦しげで、聞いているのが辛いほどでした。 パパがお仕事で苦労してる時のことを思い出しました。パパだって電話で怒鳴ってたり、あとはむちゃくちゃお酒に強いのに酔っ払って帰ってきて色々ぶつぶつ言ってることとか、たまにはあるんです。そんな時はあたしも胸が詰まったみたいになります。それでもパパのことは最近ちょっとずつ判るようになってきましたが、マゼランの場合は何があるのか想像ができないので余計心配です。この間のおばさんみたいに優しい宇宙人ならいいのですが、今度来てるのがもっと悪質な宇宙人だったら……。 それでも最後は普段どおりの落ち着いた声音に戻ってきて、了解しました、という言葉とともにマゼランが出て来ました。マゼランはあたしの頬に触れ、下まぶたのあたりをすっと拭いました。あたしはびっくりして、あわてて両目をこすりました。 「あれ、やだ、もう……」 知らない間に泣いてたみたいです。マゼランは暗いとこでもよく見えてるんだったと思ったら恥ずかしくなって、うつむいてしまいました。 そうしたらマゼランがあたしの手をとって両手で包むようにすると、膝をついてあたしを見上げました。 「ありがとう。君の所に行かなきゃならなかったのに、自分がずるくて嫌になってここに座り込んでた。そうしたら君が来てくれたんだ」 「ずるい……?」 「この件が片付いたらちゃんと話す。だから……」 あたしの目からまたぽろぽろと涙があふれました。だって、こんな言い方するってやっぱり……。マゼランが慌てたようにあたしの手を揺らして、どうしたの、って言いました。 「マゼランがあたしの傍にいたのは、やっぱり理由があったのね? マゼラン、あたしのこと、ほんとはきらいなのね?」 マゼランがびっくりしたように言いました。 「きらいじゃないよ! 君と一緒にいられる時間が楽しい。君に触れると、自由人の言う幸せってことがわかる気がする」 "自由人"ってのがいまいちよくわかりませんが、知らない星に長いこと一人でいなきゃならないマゼランの仕事は、マゼランの生まれ故郷でも特殊な仕事なのかも知れません。 「でも、僕が君に付きまとうのは確かに理由がある。きちんと話したい。僕がどうしたらいいのかも含めて。だからもう少し待ってて。お願いだ」 今、全部話してって言いたくなりましたが、マゼランがモバイルと話してた時の苦しそうな声がよみがえりました。あたしはこっくりとうなずきました。マゼランはもう一度ありがとうといい、一瞬あたしの肩を抱くと走っていってしまいました。 あたしはその背中を見ていませんでした。目を閉じて両手で覆った唇に、キスの余韻が残ってます。 マゼランとの三回目のキスは、その前の二回とうってかわって、哀しい味だけを残してました。 2006/12/10
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