スタージャッジ
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全身が目を覚ます。
センサーからの情報量が倍増して、伝達速度が上がっていく。

陽子が頬を染め、背伸びをやめてうつむいていく様がスローモーションみたいに映る。緊急モードに慣れるまでの一瞬の夢。すでに自由になった手で、その栗色の髪を抱き寄せて頬ずりした。

ありがとう。

君が今、僕のそばにこうしていてくれることに感謝する。

口をあんぐり空けて固まってる親父さん。なんか古代の遺跡みたいですけど。驚かせて済みません。
でも……


向き直ると同時に伸びて来たラバードの髪を右手で掴みとった。高く上げた左腕の周囲にはすでに装甲が電送されてる。それがカシャンと僕の腕を包むと同時に下腕にそって鋭いエッジが現れる。ぐいと引き寄せたワイヤー製の髪をその刃で叩き切った。

「またこの人たちを狙うなら、容赦しない!」
「はん。聞いたふうなことを。誰かを守る戦いなど、したことも無いくせに!」
「なら学習するさ! クラッディング!!」

一瞬で僕の身体は重厚なサポートアーマーで覆われた。身体の各部で神経経路、エネルギー循環経路と直結し、僕の"意志"という信号に即応する第2の皮膚。ビメイダーだからこそ使いこなせるウェラブル・ウェポンだ。
「ラバード! 住人の許可なく領空内に基地の建設をするのは重大な途上星侵略防止法違反だ! 速やかに退去しろ!」
「スタージャッジを取り押さえろ! 頭さえ残れば破壊しても構わん! 地球人を確保しろ!」

ぞろぞろと。本当にぞろぞろと大量のフラーメが屋根に上がってきた。あまりの数に陽子が怯えた声をあげる。
「マゼラン、い、いっぱい来たよ! ラグビーボールみたいなのも!」
「大丈夫。僕から離れるな」
陽子は素直に僕の背中に身を寄せた。親父さんはそんな陽子を庇うように僕と背中合わせに立ってる。ああ、アーマーにはあちこちに視覚センサーがあるから、今の僕は文字通り背中に目があるんだ。

「いったい どーする気だ」
親父さんが抑えた声で言う。
「屋根を破壊します。陽子は僕に任せて親父さんは背中に掴まって……って、ちょっと!!」
「おお、掴まってやるとも! こーか!」
「それっ く、首締めてますっ!」
「何が『陽子は任せて』だぁああ! よくもワシの娘を!!!!」
「パパっ そんなことやってる場合じゃないでしょ!」

まったくだ。まったくその通り。

「IDカノン!」
上空に転送された翼あるバズーカを引き下ろし、砲口を真上に向けて支えると、砲弾そっくりのリモート・バルブを装填した。
「耳ふさいで!」
発射された4つのバルブは僕らを取り囲んだフラーメ達の頭上を越えて、屋根の四方にずどんと落ちる。ラバードが高笑いした。
「何処を狙ってる! その上、不発と来たか!」
もう砲口は真下に向け直してある。
「これでいいんだよっ! バイブレーション・シェルッ!」

ファイヤーと言いたいとこだけど工事現場のドリルみたいな感じだから省略。独特の振動が足下に広がったのを確認すると、陽子を抱き上げ親父さんをとっつかまえる。アーマーの重力サイクロンを逆転させて飛び上がった。IDカノンは脳波でコントロール可能だ。でっかいラジコンと言ったらいいのかな。バルブを戻してやっぱり空に待避させる。

「逃がすか……なっ!?」
ラバードが髪を振り立てた瞬間、分厚い氷のように見える迷路の屋根全体に細かいヒビが入り、そのまま崩れ落ちた。迷路の中に大量のフラーメがうようよして、上から見るとちょっと気味が悪い。
振動砲はバルブと連携して物体の共振周波数の振動を送り込むIDカノンの一つの機能。火器でぶっ飛ばすより被害も少ない。いつでも使えるわけじゃないけど今回みたいな一様な材質だとばっちりだ。半透視材は割れやすいしね。

「マゼラン、すごい! 飛んでるの!? 飛んでる!」
「陽子、お願いだから、はしゃがないで!」
「だって、すごいよ、わーい!」
「空が飛べたって、ワシは許さんぞぉおお!」
「うわっ 暴れないで下さい!」
だ、誰かを守る戦いって、難しいな……。


倉庫のような建物のそばに降りたら、一度きちんと立った陽子が急に崩れて、びっくりして抱きとめた。
「どうした?」
「あれ……。ごめん。なんか、へん……」
親父さんが慌てて回ってくると、僕から奪い返すみたいに陽子を抱き取った。
「大丈夫か! 空気が薄いから気をつけろって、あれほど……」
「あっ! ここ、高度が……!」
「さっさと気づけ! ずっと心配し続けて具合が悪くなるゆとりもなかったんだ、この子は!」
「……済みません。とにかくまず地上に降りないと。あの飛行艇を使いましょう」

甲板に止まっている飛行艇に向き直った時、上空を明るい帯が流れたように見えた。僕達の行く手を遮ったのはラバード。基地上部の躯体部分に髪を巻き付けて飛んできたのだった。
「逃がさないよ、スタージャッジ」
ほぐれた長い髪が何本にも分かれてゆらゆらしている。まるでメデューサだ。いや、ラバードは僕の前任者の頃から地球に目を付けてるから、こっちの方が神話のモデルなんだろう。
「あんたこそさっさと退去しろ」
「誰が!」

ぎゅんとラバードの髪が伸びてくる。
「IDスライサー!」
翼を刃に変化させたIDカノンがツバメのように舞い、ラバードの髪を切断する。
「なっ!?」
カノンの残像がまだ残っているタイミングで腹部に衝撃が入った。眼前にラバードの顔がある。

「スタージャッジ! 今日こそ決着をつけてやる!」
腹に入ったドリルが第二装甲を破りかけていた。ラバードの左の腕甲が上腕を包むように変形して回転してる。慣性も力もムダなく使えそうないい形だ。だけど大人しくやられてる訳にはいかない。

ドリルを掴んで腹から抜き、角度を変えて引き寄せると同時に相手の胸元を思い切り蹴り飛ばす。支柱を使って体勢を立て直したラバードに突っ込んだ。掴んだ両手をもろとも相手の喉元をぐっと床に押さえ込む。
「やめろ、ラバード! こんなやり方したって、あんたが損するだけだ!」
「お前に偉そうなごたくを並べてるヒマがあるのか?」

ラバードが唇がすぼみ3万Hzほどの音が響いた。6本足の爪が固い甲板を蹴る音。リークが背中を駆け降りたような気がした。跳ね起きようとした時――
「あ……ぐ……っ」
装甲の破損箇所から高電圧が流し込まれ、全身の情報伝達回路が一瞬混乱した。蹴り飛ばされた先、床からいきなり例の牢獄粘土が噴出してくる。覆われた僕は強烈な勢いで床下に引きずり込まれた。肘から先ががなんとか床面に引っ掛かったが、腕から肩までも白くくるまれている。
「抵抗したら襲わせる。大人しくするんだな。もっともいくらもがいたところで抜けられまいが」
メアロタンギはもう陽子たちのすぐそばをぐるぐる回っていた。こんなに近くちゃカノンやスライサーじゃ攻撃できない!
「陽子! 親父さん!」

「パパ、急に動いちゃだめよ。逃げたらダメだよ」
「わかっとる」
驚いたことに、父親の腕から離れた陽子がそっとひざまずき、なんとメアロタンギに話しかけ始めた。
「え、えっとね。今日はアイスクリーム、ないの。ごめんね」
メアロタンギはぐるぐる回るのをやめ、陽子をじっと見ている。
「でも、キャンディならあるんだけど、食べる?」

「陽子。本当に持っとるなら、こっそりパパに渡しなさい」
「うん」
陽子が後ろ手に親父さんに何かを渡した。今度は親父さんが陽子から少し離れる。メアロタンギはそちらに向きを変えた。
「どうかな?」
親父さんの手の動きにつられ、メアロタンギがぎゃおっと口を開けた。親父さんがキャンディをぽんと遠くに投げる。

「こらっ、ミーナッ」
ラバードが怒りの声をあげたが(あのメアロタンギ、ミーナって名前だったのか!)、メアロタンギはだっと走り出し、落ちたキャンディの粒を嘗めとったようだ。親父さんはそこめがけて何粒ものキャンディを投げつけてる。
「この役立たず! フラーメども!」

チャンス!
「クラッド・オフ!!」
装甲を解除する一瞬、僕の本来のボディと装甲の間には隙間ができる。装甲に粘土を押しのけさせるようにして、僕は拘束から飛び出していた。一足飛びに陽子と親父さんのそばに舞い戻る。既に装甲はグランゲイザーに戻っている。
「マゼラン!」
陽子を引き寄せ親父さんもろとも二人を背中に抱え込む。
「来るな、フラーメ達! IDスライサー!」
スライサーが僕らの周囲を飛び回り、フラーメ達が怯えて下がる。だが飛行艇に行くにはラバードを突破しなきゃならない。
「こっちへ!」
僕が陽子と親父さんを押しやったのは倉庫の方。中にフラーメの反応は無い。シャッターを押し上げて二人を中に入れる。
「スタージャッジ!」

明らかに動揺を含んだラバードのわめき声を聞きながら、シャッターをぴしゃんと閉めた。スライサーだけでしばらくラバードを押しとどめられるか? アーマーの着用時間はもうそう長くない。サポートアーマーはエネルギーの消費があまりに激しい。
さっきの接触だけではこれが限界だった。僕が陽子の身体に口づければそれだけで、陽子から僕へHCE10-9が流れ込む。浸透圧差で移動する溶媒に似てるかもしれない。流れが穏やかな分、一度に回収できる量は限られる。でも流量を増やしたら確実に陽子を傷つけるだろう。
とにかく陽子と親父さんの安全を確保する手だてが、それを考える時間が欲しかった。

「わあっ 何これ!?」
薄暗い倉庫の中央。夕日を思わせる、赤みがかったライトの中、浮かび上がったのは例のアミューズメント・プランツの一つだった。ランダムな形状は確かに人造物ではない。これは「木」だ。だけど幹の上の方、枝分かれしている部分が球体関節のようになっていて、そこから上がぐるり、ぐるり、とゆったりとした旋回している。あちこちにカボチャを思わせる大きな実がなっていた。

「どういう木なの?」
「まるでホビット用のアトラクションだな……」
二人はふらふらとその幹に近づこうとする。そりゃ僕だって思わず見とれたんだから無理もない。でも。

「だめだ。近寄るな」
僕は木と二人の間に割り込む。陽子が恨めしそうな顔をする。
「どうして? もっと近くで見たいよ、マゼラン」
「あれが危険なものだったら? それが君に判断できる?」
「できない……けど……。でも素敵な夢の木みたいに見えるのに……」

きっと99%危険じゃない。99%、君の言う夢の木だ。

スタージャッジの任務と切っても切り離せないジレンマ。この広大な宇宙の様々な知識や技術。それがあればこの星の重大な問題すらすぐに解決するだろう。ただし、極めて局所的に。

だから――。

「夢の木は、君たち地球人が作らなきゃ。自分から探しに行かなきゃ。ね?」

陽子は頷いたけど、そのまま俯いてしまい、僕は少し寂しくなる。好奇心の塊みたいな陽子。君の思うようにさせてあげたいけど、今はまだできないよ。

「お前の言うことも、わかるさ、宇宙人」
意外な親父さんの一言に僕は目を丸くした。陽子の肩に手を置いて向きを変えさせた親父さんの横顔は優しかった。
「だからさっさとあいつと話を付けるんだな」

外でスライサーの飛ぶ音が急に止まり、ガツンと重い物が落ちる音がした。シャッターが乱暴に押し上げられ、ラバードが飛び込んでくる。
「スタージャッジ! 貴様っ!」

「動くな!」
怒鳴ったのはなんと親父さんだった。驚いて僕まで振り返ってしまう。なんと親父さんが銃を構え、例の木にぴたりと狙いを定めていた。
「動いたら、この木に火をつける! そう言え、宇宙人!」

「ラバード。この二人に手を出したら、アミューズメント・プランツを燃やしちまうぞ!」
「くっそぉおお! スタージャッジ! 卑怯だぞ!!」
「どっちがだ! とにかくさっさと地球から退去するんだ!」
「ええい! カネがもったいないが仕方ない! そのツリーは捨てる! かかれ、フラーメども!」

カネ? カネだって……? そうか!
「ちょっと待てラバード! そのカネのことで話がある!」
「なに?」
「昨日採取したアミューズメント・プランツの芽はもう本部に送ってあって、綿密な調査中だ。で、今のまま、あんたが侵略法違反とスタージャッジの任務妨害を続けると、この植物のノウハウ、全宇宙向け無料公開技術になっちまうが、いいか?」
「な、なんだとーっ!」

「カミオ星の連中も商売になるから協力してくれたんだよな?」
「何が言いたい!!」
「該当の技術が途上星の侵略に使用された場合で、著作権者がその犯罪に関わっていた場合、権利は消滅するんだよ。でも、あんたがおとなしく退去してくれれば、僕も考え直す」
「き、脅迫する気か、貴様!!」
「まだあんたは具体的な被害を及ぼしてないし、今すぐ退去するならあの芽、僕の一言ですぐに本部から返してもらえるけど、どうする?」
「きっ貴様という奴は〜〜! この卑怯者! おたんこなす!」

き〜っという書き文字でもしたくなる様子で、ラバードは頭をかきむしっている。陽子と親父さんはびっくりしてそれを見つめていた。
「おばさん、どうしちゃったの?」
お、おば……。僕は思わず吹き出してしまった。
「悪いことすると、あの木の特許の権利が無くなるよって言ったんだ」
「それはむごいことを! しかし、悪事はいかん、悪事は……。うーむ」
あらら。親父さん、ラバードに同情しちゃってるし……。

「で、どうするんだい、ラバード」
「………………」
「なあ、早くしないと朝になっちゃうぜ」
「…………わかった。撤収する」
「よかった〜。わかってくれたか!」
「そのかわり、芽をすぐ返せよ」
「ああ。この基地が地球の空域から出たことを確認したらな」
「くっそぉおお、偉そうに! 覚えてろ!」
「何言ってんだ。お互い忘れたい事だって忘れられないじゃないか」
「……まあ、そうか……」


「夢の木だよね、やっぱり」
「そうだな」
見ると親父さんと陽子はゆっくりと旋回する不思議な木を見つめていた。近づいてはいない。でも憧憬の眼差しで。

この木はもっと大きくなるんだろうか。あの実に陽子と乗りこんで、のんびりぐるぐる回ってたらさぞかし素敵な気分だろうな……。

ふとそんなことを考えてる自分に気づいて、僕はちょっと驚いていた。

===***===

「お、あの海岸ならちょうどいいかな。誰もいないし……」
「どこがだ? 何にも見えないぞ」
「僕の目、親父さん達とちょっと違ってるんですよ。大丈夫。任せといて下さい」
「お前に任せると、ろくな事がないだろーが!」
「えー、もう終わり? もうちょっと乗ってたいよ〜」
「だーめ! それよりちゃんと座ってて。着陸するよ」

ラバードから小さなステルス艇を貰い受けた僕は、陽子達と共に地上に戻ってきた。流石に生身の人間を二人抱えてあの高さから飛び降りるわけにはいかない。着陸したのは岩場に囲まれた小さな砂浜。なんの照明も無いから地球人的にはかなり暗い。それでも東の空はうっすらと明るくなってきている。

陽子と親父さんを降ろしてから操縦席に戻ると、飛行艇を海上100mほどの位置にホバリングさせた。この位置を正確にグランゲイザーに伝えなければならない。再度エマージェンシーモードになって陽子達のいる場所まで舞い戻った。

「あ、マゼラン、また変身したの? この姿もかっこいいよね」
陽子が装甲の胸部をぽんぽんと叩き、嬉しそうに頬ずりする。なんだかくすぐったいような感じがした。
「変身っていうか単にアーマーを着てるだけなんだけどね。それより飛行艇を始末しないといけないから……」
「始末? 爆破でもするのか?」
「はい。地球外のものですからここに置いておくわけにも……。ラバードの基地はもう成層圏だから自動操縦で返すの無理なんです」
「いやはや。お堅いことだ」
「じゃあ二人ともちょっと後ろ向いて、頭かばって目閉じてて下さいね」
親父さんが陽子を跪かせちょっと覆い被さるようにする。僕も片膝をついて二人を自分の影に入れた。そして小さく呟いた。
「ヴァニッシュ」

一瞬の眩い光。だがすぐに薄闇に戻る。破片も残らない。ただ密度変化とわずかな熱の波動が届いただけ。グランゲイザーの誇る驚異の主砲だ。衛星軌道の高度から地表の1点を正確に撃てる。計算しつくされた高レベルのエネルギー線で、特に今のように分かり切ったターゲットの場合は、周囲に大きな影響を与えずにそれを消滅させることができる。

「終わりました」
僕の声に顔を上げた親父さんは、さっきまで大きなシルエットのあった空間を仰ぎ見てひゅーっと口笛を吹いた。
「一瞬で、影も形も無し……か。こんなすごい武器を持っていながら、どうして使わなかったんだ?」
「これはどっちかっていうと後始末用で……。基本的には壊したり傷つけたり、あんまりしたくないんですよ。大人しく退去してもらえれば、それに越したことはないんです」

僕は立ち上がり、二人から数歩離れた。
「クラッド・オフ」
武装を解いて向き直る。これで一応任務完了。二人も無事だし……。

そこでふと気づいた。歩み寄り、白布の巻かれた陽子の腕を取る。
「君、これ……。この包帯、もしかして……」
「あの髪の長いおばさんが巻いてくれたのよ」
「えっ……?」

「マゼランが白いので包まれちゃった時ね。おばさんはすぐ髪をほどいてくれたんだけど、たくさんすりむいちゃってて……。気づいたおばさんがびっくりして、これ巻いてくれたの」
「……ラバードが、そんなことを……」
陽子がこっくり頷くと、自分で自分の両腕にそっと触れた。

「だからあたし、マゼランについて行けたんだと思う。でなかったら怖くて円盤乗れなかったかも……」
陽子はちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべて俯き、瞳だけで僕を見上げた。
「ごめんね」
「謝ることなんて、なんにもないだろ? 本当はあんな危ないこと、しない方が……」

もし、陽子が来てくれなかったら、どうなってたろう。たぶん僕のこの身体はあの基地で終わりを迎えていたはずだ。輝くようなこの子との記憶と共に。

胸のあたりが何かで一杯になった気がした。でも決して不快じゃなくて……。陽子からのHCE10-9の回収はまだしばらくかかるし、それは大変な事のはずなのに、なんだか無性に嬉しいような。これがラバードが言ってた、惚れてる、つまり、好きということなのかどうかが、僕にはまだよくわからないのだけど。

「ありがとう、陽子」
手を伸ばして陽子の髪に触れた。陽子が顔を上げてにっこりと微笑む。その笑みはもうすぐこの世を照らす朝日より眩しい。

ただ、この子が幸せであって欲しい。そしてこうやって僕に笑いかけてくれたら嬉しい。
今僕にわかるのはそれだけだ。

と、いきなり僕の眼前に銃が突き出された。
「おっとそこまでだ。娘から離れてもらおうか」
僕は陽子から一歩離れて両手をあげた。
「お、親父さん、そんなもの持ち出さなくたって……」
アミューズメント・プランツを燃やすって言ってた銃だ。

あれ? でもぜんぜんエネルギー反応がないぞ。金属反応すらないけど、なに、これ?
「お前のような奴はこうしてやる!」
「わっ」
僕の顔にいきなり冷たい液体が降りかかってた。

「もおっ パパ! ほんとにかけることないでしょっ」
目をぱちくりした僕の顔を陽子がハンカチで拭ってくれる。
「なん……?」
「ウォーターガンよ。遊園地で買ったのね」
「さすがパワーレンジャーの祖国。よくできとる」

これでラバードを脅したってのか。もう、参っちゃうな。

「よーし、帰るぞ、陽子」
親父さんが陽子の右手を引っ張った。
「帰るって、だって、ここどこなの?」
「知らん。早く案内しろ、宇宙人」
「はいはい」
陽子の左側に歩み寄った。親父さんが何か言いたそうにしたが、陽子が右手で親父さん、左手で僕の腕をしっかり捕まえて放さない。

まだ地平線に潜ったままの太陽の光が、空に淡く映り始めてる。たまには始発の電車など使って帰るのも悪く無いだろう。

トラブルと不思議な安らぎを持って僕の前に現れた二人の地球人と連れだって、僕は小さな浜辺を後にした。2000年の孤独に浸み込み始めた、確かな温もりを感じながら……。

2006/10/8
   (おしまい)
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