スタージャッジ
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〈ターゲットポイントまであと30秒〉
空にきらめく星と、地にきらめく星(ネオン)に挟まれて、僕はひたすらに夜空を翔る。

〈敵個体20体まで確認。あと14秒〉
頭の中でヴォイスそっくりの声が囁く。高感度センサーと位置確認システムの統合情報とはいえ、それは僕自身の"思考"のハズなのに、任務の時はなぜか彼女の声音で聞こえてくる。

眼下には延々とゴミの山。比喩じゃない。この星には完全な"廃棄物"がまだ存在する。地球人たちは壊れた物質を再構成することも、エネルギーに変換する技術すらも、まだ持っていないんだ。

そのゴミの山の中、カラフルでちょっとコミカルな異形達がわらわらゆらゆらと仕事に勤しんでいる。こいつらムジカ星系スブール星の生命体フラーメたち‥‥。ラバードの作業員だ。ラバードは一番しつこく地球を狙ってる異星人なんだ。

「こらっ」
「ひええええっ スタージャッジだ!」
「スタージャッジだぁああ!」
飛び降りた僕に、フラーメたちはシャベルとかジョウロのようなものを取り落として大騒ぎ。二種類がえらく違って見えるけど同じ種族。地球のほ乳類の雄と雌同様、二つの形態から子孫を残すことで環境に適合している。

「今度は何をたくらんでるんだ!」
「タネを蒔いてただけです」
「蒔いてただけです!」
「持ってきたタネを蒔いてただけです〜〜〜」

種だって!? 大問題じゃないか! 見たら奴らの足元、妙な芽が出てるし!
「地球外植物なんか植えるな!! 自然な進化が妨げられるだろーがっっ!」
「だって、ラバード様が〜」
「ラバード様が〜」
「いいから、さっさとそれ持って帰れ! 全部ちゃんと抜くんだぞ。監視してるからな!」

フラーメ達がごしゃっと集まって相談を始めた。
「ダメだ怒られる」
「ラバード様に怒られる」
「これ持って帰ったらラバード様に怒られる」
「どうしよう」
「どうしよう、どうしよう」
「そうだ、スタージャッジやっつけよう」
「やっつけろ!」
「やっつけろ、スタージャッジ!!」

おい、だからさ。

うーん、フラーメは学習から出た結論より、命令通りに動くのが先だからなー。

フラーメたちが束になってかかってくる‥‥けど、悪いが僕の敵じゃない。ちょっと殴ればノビてくれるから、ありがたいや。センサーにひっかかってるサインが22体。地面に転がっているフラーメの数と合わせる。OKOK。すぐ気づいて帰るだろう。ラバードは乱暴者だが意外と部下の面倒見はいい――使えるフラーメをムダにしないと言うべきか(汗)、とにかく割にすぐ迎えを出すタイプなんだ。

時には作業員を使い捨てにするようなヤツらもいて、たいてい本部に回収してもらうんだけど、できない時もあって‥‥。大量の地球外生命の痕跡が残っちゃうとすごくマズイから、仕方ないんだよな‥‥‥。‥‥ああ、ちょっと嫌な記憶が‥‥。忘れとけ。仕事仕事。

うっすらと白み始めた東の空。空が反射するわずかな光を浴びてつやつやした黒い芽がゴミの間からのぞいている。気のせいか、さっきより大きくなってないか? 根を残さないように気をつけて掘り起こした。とにかくえらく堅い。こんな植物あるのかな。

捜索範囲を広げてみたけど回収できた芽は三つ。これで終わりのようだ。僕は緊急形態を解除した。この格好は目立つし、エネルギーをやたら消費するからね。僕を覆っていたアーマーがばらばらの原子になり、殆どが淡い光と共に空気中に散らばる。金属類その他のコア原子は専用に調整されたエントロピー・リミテイション・スティックに回収され、それをいつも通りに胸部に納めた。

僕は発展途上星保護省第二十八局所属スタージャッジ0079。地球人そっくりに作られた強化合成人間(ビメイダー)だ。ちなみに発展途上星保護省は法に則って星の自然な進化を見守り、保持することを目的に作られた宇宙連邦の一部局になる。
世の中には宇宙航行技術を持たない星に乗り込み、進んだ技術で星を侵略して不当に富を得ようという奴らがいまだに多い。そういった者たちから担当惑星を守ることが僕らの使命。もちろん宗教の勧誘や、商品、知識、技術の販売もお断りだ。そういったことには大抵下心があるし、そうでなくても色々とやっかいな問題を引き起こすことは歴史が証明している。


僕は通信機を取り出してスタージャッジ本部にアクセスした。
「こちら0079。出没したのはスブール星ラバード配下のフラーメ22体。植物の種を蒔いていた模様です。もう芽が出てました」
〈植物ですって!? 大問題だわ!〉
ヴォイスの声は地球の女性の声みたいだけど、実際はずっと高い。一般の地球人には聞き取れないだろう。彼女はあちこちの星に派遣されているスタージャッジの管制員だ。あ、僕は地球暮らしが長いから勝手に「彼女」と言ってるけど、じつのところヴォイスが自然人なのか、ビメイダーか、はたまたコンピュータなのかはよく知らない。

「で、回収した芽なんですが、そちらで調べてもらえませんか」
〈了解です。送って下さい。それからエネルギー局から連絡です。遅れていたエネルギーボードを貴方の居住地点に送付したそうです〉
「助かったー、もうぎりぎりでしたよ!」
僕は地球人と同じように食事もできるんだけど、それでこのボディを維持してくのは無理。本部から送られてくる特殊エネルギー「HCE10-9」が無いと活動できない。だけど最近微妙にボードが滞り気味で‥‥。

〈ここのところ発展途上星を狙った悪質な犯罪者が増えています。各地のスタージャッジは大忙し。お陰でボードの生産が間に合わないのです〉
「そんなこと自慢げに言わないでくださいよ〜」
そろそろ船に戻らないとダメかも‥‥と思ってた僕は、気楽なヴォイスの言葉に脱力する。僕のエネルギー残量は、この姿のままで居たとしてもあと1日は持たないとこまできてた。地表で活動停止になってこの身体を地球人に調べられたりしたら一大事。地球にはあり得ない技術が満載だ。皮肉だけど、僕自身もまた地球の自然な進化を妨げる存在なんだ。

スタージャッジは担当している星の近くに船を隠している。僕の相棒はグランゲイザー。月の裏にいることが多いが、不穏な状況になると熱圏以上、衛星軌道未満の地球人にとっては中途半端な位置まで降りてくる。

もしスタージャッジが船に戻れずに動きを止めたら、船のドックは最新の記憶のバックアップを組み込んで、スタージャッジを"復元"する。たとえば僕は半年前にバックアップを取っているから、今もし僕がここで動けなくなったら、しばらくしてから半年前の"僕"がここに降りてくることになる。 新しい"僕"の最初の仕事は、古いボディ、つまり今の僕の"死因"の調査と消去。そしてその後しばらくは半年分の記憶の欠落による違和感をかかえて暮らすことになるだろう。僕も過去一度だけ経験がある。まあ、好んでやりたくはないイベントだ。

その時のことを思い出して、少々不活性な状態になってしまった僕には構わず、ヴォイスは他の星の状況を色々と話している。多忙な(言い換えれば危険な)星にはスタージャッジも複数赴任してるんだ。
〈貴方は地球みたいに資源も無い、他星系への足掛かりにもなりにくい僻地惑星で良かったですね。だから当分一人で頑張って下さいね♪〉
「はあ‥‥」

ではまた、とヴォイスとの回線が閉じた。周囲はすっかり明るくなっている。芽を防護ケースに入れた。万が一爆発してもこのケースなら問題ないだろう。ケースをぶら下げて廃棄物の山の中を抜けていく。遠くに見える高いビルやマンションの窓がきらきら光を反射して、なんだか僕だけが妙に"重い"まま、取り残されてる感じだ。

僕はふうっと大きな溜息をついた。

ビメイダーの僕が溜息なんておかしいのかもしれない。

でもここ何十年か、溜息をつくことが、とても多くなってきてたんだ。

 * * *

現場近くまで乗っていった小さな車を操縦して、てこてこと自分のアパートに帰ってきた。昨日は丸一日あいつらに振り回されて、ちょっと疲れた。
800年ぐらい前までは僕はグランゲイザーに住んでいて、事件の時だけ地表に降りてきてた。でもある時原因不明の身体的トラブルが続出するようになり、報告したら本部から地上で暮らすようにと指令が来た。言われた通りにしたらトラブルは自然に治まって今に至る。ここ数十年はシャトルや人工衛星が増えてきて、グランゲイザーを常時地球のそばには置いとけなくなったから、ちょうど良かったかもしれない。
事件が起こった時は大抵は飛んでいくが、間に合うときはエネルギーの節減も兼ねて車を使う。一般の交通機関はまず使わない。とにかく地球人とできるだけ関わらないようにするのが鉄則だ。

居住区画に乗り入れて車を停め、ケースを持って降りた。3階建てのやや古めかしい建物がいくつも並んでいる。独身者向けのちいさな住居の集まりで、お互い干渉しない空気が強くて助かる。
駐車場に一番近い棟の最上階の角、自分の居住区画の前まできて、僕はぎょっとした。部屋の中に誰かいる。聴覚センサーの感度を最大にしても小さな呼吸音が聞こえるだけ。機械音は‥‥時計の音‥‥まさか爆弾? いや、そんなもんかかえて、こんなのんびりした息づかいは無いだろう。

僕は静かに鍵をあけて中に入った。玄関に白いサンダルがちょこんと置かれてる。まずは持っていたケースを部屋の隅に置いた。狭い部屋に机と本棚とベ‥‥ん? ベッドで誰か寝てる‥‥?

近づくと淡い栗色の巻き毛が枕に埋もれている。そばの棚にはピンク色の時計。もちろん僕のじゃない。かすかに甘い香りがする。手を伸ばしかけたら、その巻き毛がくるりと寝返りをうった。
僕の枕に載ってるのは、色白の整った少女の顔。日本人じゃなさそうだ。と、長い睫に縁取られたまぶたがゆっくりとひらく。貴石みたいな黒い大きな瞳に映り込んだ自分を見つめながら、僕の頭は地球に来てから最大のパニックを起こしかけていた。

少女は一度だけ瞬きをした。唇が開き始める。僕はとっさにその唇に手を触れて、もう一方の人差し指を自分の唇に当てた。
幸い少女は叫び出しはしなかった。むくりと上半身を起こすと厳かに宣う。
「あなた、だあれ?」
「き、君こそいったい誰なんだ?」
「わかったわ。あなたが泥棒っていう人ね?」
「ここ僕の部屋なんだよ!」
「うそ。あたしが一人暮らし初めてだと思ってバカにしてるんでしょ」
少女がベッドからとんと飛び出す。パジャマのまま机に近づくと、上にあったカギを取り上げ、誇らしげに僕に見せる。306と書いたタグがついていた。
「あたしが昨日からこのお部屋を借りました。階段のとこからちゃーんと数えたんですからね」

少女はまいったか、と言わんばかりの顔で僕のことを見てる。僕は溜息をついた。
「ドアの上の番号はちゃんと見た?」
「え?」
「ここ、307号室なんだよ。4が不吉だからって使わないことがあるんだ。君の部屋、隣だと思うよ」
「だって、隣の部屋、ベッドも家具も明かりも無いし、ドアも開いてたし、たぶん工事中で‥‥」
「日本じゃ貸してくれるのは部屋"だけ"なんだよ。そういや君、どーやってこの部屋入ったの? 鍵が合う訳ないだろ?」

少女はやっと自分の勘違いだったんだと考え始めたみたいだった。
「合鍵の出来が悪いんだと思ったの。アメリカじゃよくあることだし。着いたの遅くて疲れてたから、つい、それで‥‥」
机の上に転がってたのは、伸ばして妙な形に曲げられたヘアピン。

思いっきり力が抜けた。
「どっちが泥棒なんだよ〜」
「お家の鍵を忘れた時しか使わないもの!」

それでも少女はすぐにしょんぼりした顔になり、ぺこりと頭を下げた。
「間違えてごめんなさい」
「あ、いや‥‥」
僕がもごもごと何か言いかけてるうちに、少女はベッドの足元からえらく大きなスーツケースと旅行カバンを引きずり出した。枕元の時計その他をカバンに詰め込んだが、一つ持ち上げるだけで精一杯のようだ。僕はその荷物をひょいと持ってやる。
「手伝うよ」
「すごーい! あなた力持ちねー! パパだってすっごく重そうだったのに!」
「パパ? ちょっと待って。お父さんも一緒だったのかい?」
少女はぷるぷると首を横に振った。
「ううん。パパは送ってくれただけ。でなきゃ一人暮らしになんないでしょ?」
「あ‥‥うん‥‥。そうだね‥‥。そうだけど‥‥」

父親も一緒にいながら部屋を間違えたんだとすると大問題な気がする。大丈夫なのか、こんな子が一人暮らしって‥‥。‥‥だめだだめだ。深入り禁物。
部屋には電送機を組み込んだ机があるだけで、あとは全部地球のものだから、たとえ泥棒に入られても問題は無いと思ってたけど、まさか住み込んじゃう地球人が現れるとは‥‥。特殊ロックを付けなきゃダメかな。でも余計な技術をあんまり持ち込みたくないしなぁ‥‥

思考が空回りしている間に、少女はサンダルをつっかけて部屋を出て行く。カバンとスーツケースを持って廊下に出ると、彼女は隣の部屋のドアにとりつき、鍵を開けたり閉めたりしていた。
「ほんとにこっちの部屋だったのねv」
少女は僕に向かって屈託のない笑顔を向けた。開けたドアを押さえると、両手に荷物を持った僕を招き入れる。荷物を置いた僕に、小さなミストレスは手を差し出した。

「どうもありがとう。ええと‥‥お名前は? あたしは陽子。陽子・ジョーダン」
「僕は混乱世運」
「マゼラン・セーン? マゼランでいいかしら? じゃあ、これから、どうぞよろしくね」
ちょっとためらいがちに出した僕の手を、陽子は両手でぎゅっと握った。

僕ことスタージャッジ0079の地球名がこれ。正確には「まぜらん・せいうん」と発音する。本部になじみのある音で選んだ。日本用に適当な漢字を当てはめたんだけど、使うたびに怪訝な顔をされるからヘンな名前を付けちゃったらしい。でも僕自身は気に入ってるし、何より証明書の類をこれで造っちゃったから変えるの面倒なんだ。

でも、あんなふうに素直に挨拶されると、なんだかほっとする。

自分の部屋に戻った時も彼女の華奢な指の感触が、まだ手の中に残ってた。

2006/7/29

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